本条蔵 -ホンジョウゾウ-

本やゲームなどの感想です。まだまだ移行作業中。概ね敬称略です…。

大西久美子 「イーハトーブの数式」

イーハトーブの数式 (新鋭短歌シリーズ)
大西久美子
書肆侃侃房 (2015-03-13)
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タイトルにもあるとおり、著者は岩手出身で、そして宮沢賢治との縁が深い。「新鋭短歌」シリーズの20番目の歌集であり、「新鋭短歌」は基本、第一歌集用のレーベルなので、この歌集も例に漏れず著者の第一歌集ということになる。

歌の表記は旧仮名(「ゐた」「だつたらう」)だけど、かたい感じや遠い感じはしない。むしろ、やわらかくて、スッと入ってくる。
全体的な味わいは……例えるなら、「ひんやりとした壁に寄りかかったときの心地よさ」かな。一番遠いオノマトペは「べたべた」かもしれない。

歌の軸になってるものは、大きく分けて三つ。一つめは故郷である岩手、二つめは父、三つめは理系の研究室(研究所)。もちろん、それらは相互に絡み合っていて、「岩手の父を想う歌」や「父の病室を理系ならではの視点で描写する歌」なども多い。岩手という土地柄、震災詠も幾らかあるし、宮沢賢治を偲んだものもある。

挽歌もあるけれど(私は挽歌が苦手だったりする……)、読んでいて気が滅入る感じはあまりしない。もちろん、痛みや悲しみなどは、とても伝わってくる。でも、死の喪失感をただ感情的に描くのではなく、見立てというワンクッションがあったり、どこか客観的な観察眼で切り出していたりして、だから読み手に鬱々とした重さを与えないのかな、と思う。

見立てという点では、2句目が「のやうに」「のやうな」で終わる歌が多めな歌集でもある。収録された約300首のうち、約20首でその形式がとられている。3句目が「てゐる」または「だらう」で締められる歌もやや多め。
この傾向は特に前半に顕著なので、作歌時期または作歌テーマによるところもあるのかも。

スカートのレエスは氷でできてゐるイーハトーブの冬の車輛は
生きてゐるひとのものなり病室は 清掃のひとの制服が過ぐ
乾きたる種子にいのちがあるなんて(ふしぎ)眠つてゐるだけなんて

実は、著者とは歌会や大会などで幾度も御一緒したことがあって、歌集にはそのときのお歌も収録されていたりする。なにかこう、とても嬉しくて、とても不思議な感じ。
思えば三・四年前(私が「未来短歌会」に入会するよりも半年ほど昔)、当時はまだ「ネットつながりの友人」だった現在の兄弟子K氏が、某大会で大賞に輝いたとき、著者も同じく大賞をとられていて、その授賞式のテレビ放映を「ほわー、そんな世界があるんだなぁ」と一視聴者として眺めていたんだったっけ……。

最後になってしまったけど、大西さん、改めておめでとうございます。
素敵な歌集をありがとうございます!